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::価値観とか
学校でのことです。
以下、ネガティブ注意報。
突然ですが、私は他の人と違って劣等感が強い方です。
そのためか、人よりも「認めてほしい」という気持ちが強く、何よりそれを自分は、最高の評価だと信じています。

昨晩、今年度末最後の課題を無事に完成し、評価してもらいました。
今回の課題、いつになく遊び心のこもった作品になり、自分自身とても楽しめた作品で、その完成した作品自体が好きでした。

少し自信をもってしまったのがいけなかったんでしょうか…

うちの学校、演習系の授業では、作品を講評します。
特に今回の課題については、作者がひとりずつ前に立たされ、作品を手に持ち、「自分がどんなところを工夫した」とか「自分がどんなことを考えて作品に取り組んだ」とか説明する形式でした。
2クラス合同で、私たちのクラスは時間がおしている中の発表だったからかもしれません。

説明するのですが私の番となり、あがり症でもある私はできる限りみんなに分かりやすく、この作品を見てもらおうと一生懸命に作品を説明したのですが、
先生は全く私の話を聞くこともなく、次の人へと順番を回しました。
時間がなかった、のだと思いたいです。
私より後に説明した人全員が先生からの何かしらアドバイスやコメントをもらっていたことについては、きっと触れてはいけないのでしょうし、きっと先生方(二人だったのです)にとって私の作品というのは興味のそそらないものだったのでしょう。
聞いてもいないのにただ一言、社交辞令の「ありがとうございました」で十分だったのでしょうね。

こんなこと、他の美術系の大学、芸術系の大学にはざらだと思います。

ですが、あんまりだと思ってしまったのです。
時間がないと、しかたのない状況下でのあの出来事、納得できる部分もありますが、如何せん凹んでしまいました。
それどころか、授業中にもかかわらず泣いてしまうという愚行を冒してしまいました。
帰りの車の中では(泣きすぎによる)過呼吸になる手前の状態になり、一時停止したなど、へたれ意外の何者でもないと思います。

正直に言うと、とても悔しかった。
認められないことがこんなにも悔しいことだと、改めて痛感させられた。
その先生の株も大暴落状態です。

私、大学の先生に変な思いを持っていました。
大学の先生、とくに私の通う学校の先生って言うのは、教授の資格を持ち、なおかつ現場で活躍してきた方々。私にとっては雲の上の存在の方ばかりで、敬わなければならない方だと思っていました。たぶん、今もそれは変わっていないと思いますが…
せっかくがんばって作った課題なんだからさ、話を聞く耳だけでも持ってくれればいいんじゃないかと思うのですよ。
講評を受ける前、作品披露の時に、多くの人から褒められて有頂天になっていたからかもしれないですが、話を聞いてくれない=認めてもらえないという行為に、私は残念にならざるをえません。

これをバネにがんばろうと思いますが、どうも…、今はおちるしかないみたいです。

先生の勝手もわからなくもないし、むしろ「ああそうか」と思いこむしかないですが、どうも私は融通のきかないガキのようで、先生を嫌いになりそうです。
…つか、次の課題説明の時めっちゃガン飛ばしちゃいましたが(^^;
先生に当たるなんて筋違いなんだろうけどね…

これに負けずに、自分のモチベーションを上げて、今後の課題に取り組みたいと思います。










あああああああああああああ
どうやって課題やりゃいいんだよ。
「他の人の考えをしっかり聞くんだよ。それも勉強だから」とか、お前が一番聞いてねーじゃん!

はあぁ…
自分死ねばいい
ぼやき  コメント(0)  △ page top


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