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::謙信公祭レポート②
春日山神社での休憩を終え、さて本会場となる春日山城跡広場に行こう!と言う時―…拙者、或るモノを視界に入れてしまったので御座る。

『↑毘沙門堂・本丸』

と、書かれた標と、人の手が軽く入った山道。
「あ!こりゃ行かなきゃ!」というノリで、すたすた山道を登り始めちゃったのです!(笑/またかよ!)
いやぁやはり本丸には行かなきゃでしょうー。

元より其の体力が無いせいか、山道を汗だくで登ったわけですが、全然疲れないの!不思議ですね。俺きっと好きなことや興味のあることに関して躯を動かすのは、苦に感じないようです。
それに山の中って一番好きな環境だし。山登り楽しかったー!

そんなウキウキ気分で登っていくと――
20060818170612

分かりますかね、「直江屋敷跡」です!
直江山城守(無双で云うところの兼続が有名ですね)の屋敷跡に到着しました!
「兼続…!」と云いながら、写メらせていただいた一枚w

直江屋敷より徒歩1分先の処に、ありました。
20060818170622

毘沙門堂です!
時間の都合上、お参りは出来なかったのですが、画像記録だけでも!と思い携帯を手にとりました。
毘沙門堂…!良い響きであります!w

毘沙門堂の先を行き、春日山神社より徒歩約10分。
腰まである階段や、満足に舗装されてない道を行く先に…
20060818170631

やっと辿り着きました。春日山城本丸です!
この時になってやっと気付いたんですが、凄い汗だくでした(うわぁ)
化粧も落ちる勢いです!謙信公、醜態をさらして申し訳ないです!
しかし、その本丸からの景色は、それすら忘れさせてくれるくらい絶景だったのですよ。
20060818170917

こちらが、本丸・春日山頂上からの景色。
これまた見事なもので、春日山町は勿論、上越市、頑張れば直江津市までの景色が一望出来ます。
この画像では、景色の綺麗さ膨大さを伝えることが出来ないのですが、これは一見の価値ありかと…!
「400年前…謙信公も此の地に足を付けて、此処からこの町を一望していたんだ」
そう考えると、拙者震えがとまりませぬ…!
しかし如何せん、合戦再現の開始時間や巡回型の無料送迎バスの時間により、この本丸にいられたのは5分弱!
ゲドはやっぱり観てくるんじゃなかった!(凹)
他にも上杉景勝屋敷や諏訪堂、柿崎和泉守屋敷や林泉寺など…春日山は巡る場所豊富なのですが、見れず終い!
くそぅ!次は全部見て回ったる!

そんなこんなで。
急いでメイン会場となっている春日山城跡広場に行くと、謙信流陣太鼓隊の皆様が、その腕前を披露なさってました。
20060818170954

俺、太鼓だの樽だの三味線だの…日本の伝統的な音楽器は結構好きなので、こちらもわくわくしながら観ていたわけです。
謙信流陣太鼓隊だって!地元の人しか入隊出来ないのかしら。
俺も混ざりたい!
太鼓叩く人、三味線弾く人。最高に渋くて格好良いと思います(真顔)

その素晴らしい演奏も終わり、入れ替わるように会場入りしてきたのは、甲冑を身に纏った米沢藩鉄砲隊の皆さんです。
なんと当時の鉄砲(火縄銃に近い型)の試し打ちのパフォーマンスをしてくださるということで…!興味津々で御座います!
6人ほどの人が3種類の打ち方を披露してくださったのですが、凄いの一言に尽きますね!
発砲音がとても大きく―言うなれば、目の前で花火を打ち上げたような音―煙も凄かったです。
少し小高の丘から観ていたのですが、飛距離は50Mほどと…今の鉄砲と比べると低い数値。ですが、その威力は相当なものかと思います。
「これは…人が死ぬわ…」
そう呟いたおかんの言葉が忘れられません。

人が人を殺す。同じ国に住む人間同士の殺し合い。
今現代の時代に生まれてきて、本当に幸せだと。この時実感させられました。
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